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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4768号 決定 1956年4月18日

申請人 須田貞治 外二九名

被申請人 国

主文

申請人らの申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が申請人らに対して昭和三十年八月二十二日付でなした解雇予告の意思表示の効力はこれを仮に停止する。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、申請人らはいずれも米駐留軍に労務を提供するために被申請人に雇傭せられ、YED(横浜技術廠)相模基地のHTB及びデポーファシリティ(R&U)関係に勤務していた駐留軍労務者であつて、全駐留軍労働組合神奈川県地区本部相模支部(以下単に支部組合という)の組合員なるところ、被申請人は相模原渉外労務管理事務所(以下単に労管という)所長土屋鉄彦を通じて昭和三十年八月二十二日付で申請人らに対し同年九月二十二日解雇する旨の解雇予告の意思表示をなしたことは当事者間に争いない。

二、申請人らの右解雇予告が無効であるとの主張に対する判断

(一)  申請人らは昭和三十年八月十六日支部組合と労管所長との間に解雇の予告をなす場合は組合と協議する旨の協定が成立し、右は労働協約の効力を有するところ本件解雇予告はこの労働協約に違反するから無効であると主張する。

而して右のような協定の成立したことは被申請人の認めるところであるが、疏明によればその際労管所長は右協定事項を文書にせられたい旨の要求に基き交渉終了後同日附デポーファシリティ及びHTB関係六十六名の人員整理についての回答書と題する右協定の趣旨を記載した支部執行委員長宛の書面(甲一号証の二)を作成し、係員をしてこれを支部組合の事務所に持参させたところ、同組合専従員菊地啓治においてこれを受領した後委員長ら協議の上右書面の欄外に伊藤次郎(委員長)の氏名を記入しその印を押捺したことが認められる。

ところで労働協約の効力発生要件は合意を記載した書面を作成することを必要とするものであるが、労組法第十四条が当事者双方の署名又は記名捺印を要求している趣旨は、当事者双方がその書面の作成名義人であることも必要とし、もつて協約締結を慎重ならしめると共に書面上協約の成立を明確にしようとする意図に基くものであることは疑を容れない。してみればその書面が当事者一方の作成名義にかかるものであるときは、たといその記載内容が当事者双方の一致した合意であつても、協約の効力発生要件を欠くものといわなければならない。

本件において申請人が労働協約なりと主張する文書は前記認定の事実と甲第一号証の二の記載によれば、当事者の一方である労管所長のみの作成名義であつて、支部組合委員長である伊藤次郎の記名捺印が欄外になされてあつても、右文書は組合支部の作成名義と認めることができないこと明らかである。それ故右文書の記載内容は労働協約の効力を有するに由ないものといわざるを得ない。

もつとも、従来支部組合と労管との間において、両者間の団交の席上成立した合意はその席上で双方仮の確認書をとりかわし翌日労管側からこの合意事項を記載して労管所長が署名した文書を支部組合側に持参しこれに支部組合代表者が署名して労働協約書を作成する慣行があつたことは当事者間に争いないところであり、文書の署名又は記名捺印は当事者双方立会の上で同時になされることは必ずしも必要ではないけれども本件の文書は労管所長の発信文書として作成されたものであり支部組合は作成名義人であると認めることができないから前記慣行があるの故に右文書をもつて労働協約としての効力を有するものということはできない。従つて協約違反を理由とする申請人の主張は理由がない。

(二)  申請人らは仮に右主張が認められないとしても本件解雇予告は前記協定に違反するばかりでなく、同年八月十九日前記当事者間に成立した「同月二十二日にもう一度団交を開く。右団交までは解雇予告を行わない。解雇予告は協議決定してなす」との合意に違反するから無効であると主張する。そしてその無効となる理由として申請人らは右の各合意は第三者のためにする契約であるところ、支部組合員である申請人らはいずれも右契約について受益の意思表示をなしたから、申請人らと被申請人との間に右の合意が成立したことになり労働契約の内容となつたのであるが、本件解雇予告は右の合意に違反し組合と協議をなさずしてなされたのであるから無効であると主張するのである。而しながら一般に団体交渉において、申請人ら主張の如き合意がなされた場合には組合員のための利益を目的とするものであつても合意の効果は契約当事者に帰属するものであつて、合意の効果である権利義務を第三者である組合に帰属させようとする趣旨即ち、各組合員と使用者との間において直接権利義務を創設せんとする趣旨の契約とは到底解し得ない。それ故かかる契約は民法に所謂第三者のためにする契約とはいえない。なおまた右協定によつて同月二十二日以後においても解雇権を放棄又は限定したものとは認められないし(このことは後記認定事実によつても明白である)使用者が組合との契約に違反した解雇なるが故に当然に解雇を無効とすべき法理を見出し得ない。

(三)  更に申請人らは本件解雇予告は前記各合意に違反し支部組合との協議をなさずしてなされたものであるから信義に反し解雇権の濫用であると主張する。

而して、疏明によれば、労管所長は軍労務連絡士官より昭和三十年八月八日HTBに関しては予算の削減R&Uに関しては作業の減少を理由として「人員整理手続に関する臨時指令」2aに基きHTB関係労務者三十一名、R&U関係労務者三十五名に関する人員整理請求書を受け取つたのでこれを支部組合に通知すると共に職場に整理の理由、職場、職種、人員を掲示して希望退職者を募ることとしたが、一方支部組合は労管所長に対してこの人員整理についての団体交渉を申し入れ、その結果同月十日午後六時より同十時に至る間労管事務所において第一回の団体交渉が行われその席上労管側に労務連絡士官より発表された人員整理の理由を説明したところ、組合側はこれに納得せず、人員整理によつて労働強化がおこると主張し、結局労管側は対軍折衝をなして労務提供の実体の調査にでき得る限り努力することを約し、その結果に基き同月十六日再び団体交渉をもつこととなつた。その間労管は軍との折衝に尽力して同月十六日の団体交渉に臨み対軍折衝の結果に基き、R&U関係ではオイルボイラー十四カ所の閉鎖による作業の減少、また予算の削減を理由とするHTB関係では軍は労働強化にならぬよう職場の選定は十分に検討していることを述べて軍の回答を説明し、作業量の減少予算の削減が事実であり、また手続も所定どおりで誤りのない以上労管としては人員整理請求に応じないことは不可能であり解雇手続を進める外はない旨を述べ組合側の諒承を求めたけれども、組合側はその説明では軍の主張――そのまま一方的なもので自主的な調査は全くなされていないと主張して納得せず、押問答を続け結局翌十七日払曉に至り「今回の人員整理については職場の実態について疑義があるので更に具体的に解明するよう軍と折衝し全員救済を目途として努力する。そのため解雇予告を延期するよう努力し、解雇予告を出す場合は改めて組合と協議する」旨協定し、次回団体交渉を同月十九日に行うことを約して同日の団体交渉を終了した。そこで労管側では右確認事項にもとずき、労務提供の実態について解明するため同月十八日及び十九日に対軍折衝をなし解雇予告の延期を求めたが容れられず、また、軍から労管職員が基地作業現場に入ることを許可を受け得ず、僅かに労務担当官が案内した一部の作業現場以外は現場調査は実施不可能であつた。そこで十九日午後五時三十分より行われた第三回団体交渉において労管側より右の対軍折衝の経過を説明し組合側の資料に基いて充分交渉し、解雇予告を延期するよう努力したのであるが、軍としては予算削減による定員の減少作業量減少による定員の縮少で真に止むを得ない人員整理で且つセントラルコマンドの指示もあつて予告の延期は絶対にできないと固執しているし、また労働強化は絶対にさせないと確約している状態であるから、労管としては最善の努力をしたが如何ともできず手続を進める外はないがなお再雇傭、配転などの救済については明日以後万全の対策をもつて進むべき旨を告げ労働強化の防止策を各職場について説明した。しかし、組合側は再びそれでは単に軍の説明の伝達に過ぎず職場の実態についての充分なる調査がされていないとして執拗に反論し解雇予告を出さないように要求しかつ労管において再度の対軍折衝調査の上団体交渉に応じるよう要請したのに対し労管側はもはやその余地はない旨応答したが結局、組合側から同月二十二日に更に団体交渉を行うよう要求されたので労管は二十二日には同様の人員整理問題に関し、駐留軍労務者の組織する組合である日駐労と団体交渉を行う先約があるが組合側で日駐労と交渉をなし団交をもつ時間の割当が定まれば更に二十二日に団交に応じそれまでは解雇予告には触れない旨を約し、夜を徹した団交は翌二十日午後一時に漸く終了した。そこで労管所長ら幹部職員は神奈川県庁に赴き右の経過を報告したが疲労の極にあつたため県渉外事務局長の勧告により花園橋病院で診察を受けたところ労管所長及び杉山業務課長は休養のため入院を命ぜられたので、ついに入院するのやむなきに至つた。一方現地労管から団交の難航している状況の報告を受けていた神奈川県労務調整課長は二十日午前支部組合の上部団体である全駐労神奈川地区本部役員と会談し、現地労管においてなすべき対策を尽したのであるから現地の団交を打切るならば県が対軍折衝に当るべき旨を告げて組合側の諒承を得た上軍に連絡して二十二日午前中に対軍折衝の打合せをなし同日午後組合側にその旨を伝えて午後二時から交渉に入ることとした。そこで県当局は対軍折衝を行い、解雇予告の延期と撤回を求めたけれども容れられなかつたが所定の午後二時頃から前記地区本部三役及び支部組合の菊地委員と協議を行い右対軍折衝の経過を報告すると共に現在労管所長らは入院中で団交に出席できない状況にあるので県当局としては右団交の協議に代える趣旨でここに組合側と協議をなしたのでありかように労管及び県当局としては最善を尽したのであるからもはや軍より請求されているとおり申請人らを含む六十六名に対し本日解雇予告手続をとらざるを得ないと説明した。

そして、労管は県当局からの指令に基き同日午後五時以後申請人らに対し解雇予告の通知書を発送したこと、及び支部組合は二十二日の団交について日駐労と時間の打合せをなすべく交渉したがまとまらず結局当日日駐労の団交終了後、支部組合において労管と団交をするという程度に止つたこと。

以上の事実が認められ右認定に反する疏明は信用できない。

ところで駐留軍労務者は被申請人に雇傭されてはいるけれどもその使用者は軍であつて、解雇その他労働条件の最終的決定は軍に一任せられ被申請人はこれに拘束される関係にあるので、人員整理のための解雇についても雇傭主としての被申請人の採るべき措置には一般の雇傭関係におけると趣を異にし従つて整理の理由その他団体交渉において論議さるべき事項に関する被申請人の解明には限度があつてもやむを得ないものといわなければならない。

申請人は八月十六日の団交において労管が組合と協議する旨の協定の趣旨に違反し、誠実にこれをしなかつたと主張するけれども、雇傭契約の右特殊性と前記認定事実によれば労管は右協定の趣旨に従つて職場の実態を更に具体的に解明するため対軍折衝をなし全員救済を目的として尽力したものでありこれに基いて同月十九日から二十日にわたつて団交を持ち組合と協議したものであつて右は一応誠実になされたものと認めざるを得ない。

次に八月十九日二十日の団交の結果成立した協定については前記認定事実によれば労管は同月二十二日の団交開催までは解雇予告をなさないことを宣言したけれども、その団交の開催を無条件に承認したものではなく、また対軍折衝の結果同月二十三日に解雇予告の通告のなさるべきことは避けられない状勢にあることを繰り返し説明してその諒解を求め、なお同月二十二日の団交開催は日駐労との先約があるため不可能である旨を告げた上での協定であつて、日駐労において、同日の団交に要する時間を明定しなかつたのであるから支部組合が団交を持ち得る見込は殆んどなかつたわけであり、また既に三回に及ぶ長時間の団交によつて問題とさるべき事項は論議し尽されていたので、二十二日の団交が開催されても既になされた論議を繰り返すに過ぎない状勢にあつたばかりでなく、労管所長が病気で倒れたため、労管の監督官庁である県当局において同月二十二日更に対軍折衝をなし支部組合の上部組合とも協議を経たことが認められるのであるから、同月二十二日の団交を経ないでなされた本件解雇予告を目して同月二十日成立の協定に違反した不信義な措置と断ずることも到底できない。

よつて本件解雇が信義に違反した権利の濫用であるとの主張も理由がない。

四、右の次第で申請人らが解雇予告の無効事由として主張するところはいずれも理由がないから、本案請求権の存在の疏明のない本件申請を却下すべきものとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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